2010年07月25日(日)
デーブ大久保コーチ解任? [社会]
別に巨人や西武のファンでも大久保のファンでもないけれど、報道が大げさすぎると思う。何か問題が起きると、その人間の全てを否定するような報道が目立つ、強いチームや選手を育てるためには熱血指導も必要だと思う。もちろん、ストレス発散に暴力をふるわれてはかなわないけれど、それはチームや球団の中の問題だと思う。むしろ、以前の女性への暴力の方が問題で、球団はその処理の方が甘かったとのではないだろうか?
新聞も金銭問題とか書かずにアーリーワーク?(早出の練習の意味かな?)の遅刻の罰金と書いた方が事の顛末が正確に伝わるのではないか?こういう事件の書き方にも、本人を全て否定して悪者の仕立てるような意図を感じてしまう。
もちろん、調査の上、指導や本人に問題があるのなら、処分はしかたのないことだが、マスコミが現段階で騒ぐことではない。
良いコーチというか師というかに、出会えるか出会えないかは大事な事だと思う。
仏教では善知識に遭うことを「盲亀浮木の喩え」に説いて、目の見えない亀が大海で自分に合った浮き木を探して出会うのと同じくらい貴重なことだと説いている。自分を善の方に導いてくれるのが、善知識だが、反面、自分と敵対するものに依って自分が良い方向に導かれることもある。
マスコミの報道によれば、デーブ氏は結構えこひいきがあり、自分に合わない配下の選手には辛く当ったとのこと、その真偽は別として、その当事者の選手が、元コーチの行いを逆に反面教師としてよい方向に転化してくれることを期待したい、また、プロになってまで高校生並みの扱いで練習させるのは、どうかとも思う。そこまで熱血に指導する必要は無い気もするが、まあ、ここ最近の若者の精神年齢の低さからすれば、そういった指導も必要な世界なのかもしれない。一般の社会においては、コーチや師は自分から探してつかなければいけないと思う。
Posted by 慎之輔 at 11時56分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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